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広島地方裁判所呉支部 昭和28年(ワ)66号 判決

原告

長谷川儀吉

被告

相信幸登

主文

被告相信幸登は原告に対し金二万四千二百円及びこれに対する昭和二十八年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払わねばならない。

原告の被告相信幸登に対するその余の請求及び被告西原等に対する請求全部を棄却する。

訴訟費用は八分し、その一を被告相信幸登の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

(省略)

理由

一、成立に争いない甲第一ないし第三号証、証人花谷市三、同杉田積、同原輝夫の各証言、原告本人(職権によるもの)被告相信幸登、同西原等の各供述並びに検証の結果を綜合すると次の事実が認められる。

昭和二十七年九月三日午後十一時頃、原告は広島県賀茂郡中黒瀬町字菅田須川某方から帰宅の途中、同所七六九番地西川茂方附近三又路の近くで被告両名と出会い、互いに知合いの間柄であつたのでその場で仕事の話など始めた。ところが、いずれも飲酒した上のこととて原告と被告相信とはすぐ些細なことから口論を始め、その場は被告西原の仲裁でおさまつたのであるが、原告は昂奮を抑え切れず、右場所から西方へ向け帰りかけていた被告相信に対し文句を浴びせながらその後を追つて行つた。そこで同被告も憤慨のあまり前記三叉路西方久保積方附近道路上において、自分の下駄で原告の顔面、臀部等を数回殴打し、原告も亦同被告に対し胸元をつかみ、突きとばす等の暴行を加えた。その際原告は同被告の右暴行により治療約二週間を要する顔面、左臀部打撲症を蒙つた外、左顎骨々折、左上顎第一小臼歯、右上下顎第三大臼歯動揺等の傷害を蒙り、現在も右顎骨々折部分は未だ全治するに至らず、固形物の咀嚼に際して痛みを覚える状態である。

右認定に反する原告本人(第一ないし第三回及び職権の場合)並に証人高杉健三の供述は前記証拠に照し輙く措信することができず、他に右認定を左右するに足る信用すべき証拠は存しない。即ち、本件不法行為は被告相信の単独行為と認むべく、被告両名の共同関係は認められない。又、本件はいわゆる喧嘩闘争の場合というべく、被告相信の行為のみをとらえて正当防衛と言うことはできない。従つて被告相信は前記認定の不法行為により原告に与えた損害について賠償の義務あること明らかである。

二、次に原告の蒙つた損害額について検討する。

まず、請求原因第二項(1)ないし(6)記載の治療代、特別栄養食費等について、証人杉田積、同原輝夫、同平川碩允の各証言及び原告本人の供述によれば、原告が前記傷害のため医者の治療を受け、レントゲン写真をとり、或いは漢方薬を用いたので、原告が治療代等を支出したことが認められ、又、特別の栄養食を摂取しなければならなかつたであろうことも推認するに難くない。しかし前記(1)ないし(6)の各々についてその額がいくらであるかに関しては、証人平川碩允の証言及び原告本人の供述(第二、三回及び職権によるもの)はその内容を精査し、彼此比較検討するときは確信の程度における心証を形成するに足りず、他にこの点につき見るべき証拠は存在しない。従つてこの点の原告の主張事実は証明がないことに帰着し、結局排斥するの他はない。

次に、請求原因第二項(7)記載の得べかりし利益の損失について、原告本人の供述(第三回及び職権の場合)によると、事件当時原告は土工夫としてバラス揚げの仕事をすることによつて一日少くとも三百円の収入を得ることができたことが認められる。そして、前項認定の傷害の程度より考察するときは、本件傷害による原告の労働不能の期間は十四日間であると認めるのが相当である。しからば、原告の得べかりし利益の損失は四千二百円であること算数上明白である。よつてこの点の原告の主張は右の限度において理由がある。

更に、請求原因第二項(8)記載の慰藉料の点につき考察するに、原告が本件傷害のため肉体上、精神上少なからぬ打撃を蒙つたことは前に認定したところにより十分肯認できるし、原告が受けた傷害のうち、顎骨々折部分が今なお全治していないことも先に認定したとおりである。しかし本件は既に説明したように喧嘩闘争の場合であつて原告にも責むべき点があるので、これらの点と、その他諸般の事情とを総合考察すると原告に支払わるべき慰藉料は金二万円をもつて相当と認める。故にこの点の原告の主張は右の限度において認容さるべきである。

三、以上の理由により、原告の本訴請求は被告相信に対し、得べかりし利益の損失として四千二百円及び慰藉料として二万円、合計二万四千二百円及びこれに対する本件不法行為の後であること明らかな昭和二十八年一月一日から支払済まで年五分の遅延損害金の支払を求める範囲内で正当として認容すべく、その余は失当として棄却すべきものである。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石見勝四 常安政夫 石川良雄)

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